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千葉地方裁判所 昭和35年(行)9号 判決 1961年5月29日

原告 金沢すぎ

被告 千葉県知事

主文

被告千葉県知事が別紙目録記載の農地につき、昭和三三年八月一四日付をもつてなした農地法第三条に基く農地売買による所有権移転の許可(千葉県指令市農総第三六六一号)は無効なることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、被告千葉県知事は別紙目録記載の農地につき、昭和三三年八月一四日、千葉県指令市農総第三六六一号を以て農地法第三条に基く農地売買による所有権移転の許可をした。

二、しかしながら右許可処分は、原告名義の偽造の許可申請書に基きなされたものであるから当然無効である。すなわち、

(1)、原告は昭和二八年七月一五日原告の長男訴外金沢克己を代理人として同人を通じ、原告の亡夫の実弟である訴外金沢輝海に対し、原告所有にかかる別紙目録記載の農地を代金二五万円で売渡し、かつその際期間の定めなく何時でも、右売買代金と契約の費用を返還して右農地を買戻すことができる旨の特約をした。

(2)、そこで原告は右買戻しの特約に基き、その後昭和三二年三月頃から翌三三年五月頃迄の間数回に亘り、右克己を通じて右輝海に対し、前記売買代金二五万円及び契約の費用を現実に提供し、右農地につき買戻の意思表示をしてその返還を求め、更に昭和三四年七月頃から同年一〇月頃迄の間数回に亘り、右克己及び訴外角谷平九郎の両名を通じ、前記買戻権行使に基く農地の返還を求めたところ、訴外輝海は頑強に之に応じなかつたので、原告はやむなく右輝海を被告として、昭和三四年一一月六日千葉簡易裁判所に、第一次的には右買戻権の行使に基く右農地の引渡を求め、第二次的に右農地の売買契約は農地法第三条所定の手続を経ていないから無効であるとして、その所有権に基き之が引渡を求める旨の訴を提起した(同裁判所昭和三四年(ハ)第二一七号事件)

(3)、しかるに輝海は右の如く原告から買戻権の行使を受けて右農地の返還を迫られるや、焦慮の余り原告不知の間に擅ままに農地法第三条による所有権移転許可申請書用紙の申請者欄に、原告の氏名を冒書し、その名下に偽造にかかる原告の印顆を押捺して、右原告の作成名義部分につき偽造の右農地の所有権移転許可申請書を作成して、これを昭和三三年三月一五日千葉県市津村農業委員会を経由して被告千葉県知事に提出したところ、被告千葉県知事は右偽造の許可申請書に基き、同年八月一四日千葉県指令市農総第三六六一号を以て、別紙目録記載の農地につき、農地法第三条に基く農地売買による所有権移転の許可をした。

(4)、ところで農地法第三条に基く所有権移転の許可申請は、厳格な要式行為であつて、当事者双方がその趣旨を了し、任意に署名捺印して作成した申請書を提出して、その許可申請をなすべきところ、前述の如く訴外輝海が擅ままに原告の氏名を冒書し、その印章を偽造して作成した偽造の申請書を提出してなした本件許可申請は法律上何等の効果もなく、かかる偽造の申請書に基いてなされた前記許可処分には重大かつ明白な瑕疵があり、当然無効である。

よつて原告は、別紙目録記載の農地につき、被告千葉県知事のなした前記許可処分の無効確認を求めるため本訴請求に及んだと述べ、尚、

被告の本案前の主張は争う。

又原告の長男克己及び原告が訴外輝海に対し、被告主張の日時に、その主張の如く別紙目録記載の農地につき、農地法第三条の許可申請に関する一切の手続を委任したことはないと述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人及び訴訟代理人は、本案前の主張として、

知事のなす農地法第三条の許可処分は、法令により一般に禁止されている行為を自由になし得るようにする所謂禁止解除の行政行為であつて、右許可処分により特定の権利を発生せしめる形成的行為ではない。したがつて農地を売買した契約当事者間において、売買そのものに争いがあり、それが裁判上訴を以て争われている以上、右許可の効力は結局当該訴訟において判断を求め得るから、右訴とは別に独立に知事を被告としてその許可処分の無効確認のみを求める訴の利益はないと解すべきところ、原告はその主張の如く別訴において訴外輝海を被告として別紙目録記載の農地の売買の効力を争つているから、右訴とは別に本訴において、千葉県知事を被告として本件許可処分の無効確認のみを独立に求める訴の利益を有しないものと云うべく、よつて本件訴は不適法であると述べ、

本案につき「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、原告の主張事実中、被告千葉県知事が別紙目録記載の農地につき、昭和三三年八月一四日原告主張の如く所有権移転の許可処分をなしたこと、原告が昭和二八年七月一五日その長男克己を代理人として訴外輝海に対し、原告所有の別紙目録記載の農地を代金二五万円で売渡したこと、右輝海が原告の亡夫の実弟であること、原告が右輝海を被告として千葉簡易裁判所にその主張の如き訴を提起したこと、昭和三三年三月一五日別紙目録記載の農地につき、原告名義の所有権移転の許可申請書が市津村農地委員会に提出され、その後被告千葉県知事が右申請書に基き、前記許可処分をなしたことはいずれも認めるが、その余の事実は否認すると述べ、更に、

一、被告千葉県知事のなした本件許可処分は次の如き経過により適法になされたものである。すなわち、

(1)、昭和三三年三月一三・四日頃訴外金沢輝海が訴外市津村農業委員会に出頭して、同人がこれより先昭和二八年七月一五日原告との間に締結した別紙目録記載の農地の売買につき同日付売渡証を提示して、その代金の支払、土地の引渡も済んでいるから農地法第三条による知事の許可申請をしたい旨申出た。

(2)、そこで同委員会職員鶴田実は、右申出により、同委員会備付けの用紙を用いて、別紙目録記載の農地に対する農地法第三条の許可申請書を作成し、これに当事者の押印をした上提出するよう指示してこれを右輝海に手交したところ、同月一五日右輝海から当事者の押印をした右申請書が同委員会に提出された。

(3)、よつて右申請書を受理した同委員会は同年四月一日の委員会々議において附議した上、許可相当の意見を附して同月八日これを知事宛に進達し、ついで右申請書を受理した被告千葉県知事は書面審査の結果、許可相当と認めて同年八月一四日許可の処分をなし、右許可書は市津村農業委員会を経由して同年九月二〇日輝海に交付された。

(4)、しかして右許可申請をするについては、原告はこれより先の昭和三一年九月七日原告の長男克己を通じ、又同年一二月初めには原告自身、右輝海に対し、輝海において右許可手続をするようその一切の権限を委任したので、輝海は右委任に基き、原告に代つて前記許可申請書の原告氏名欄に原告の氏名を記載し、その名下に自己の有合印を押捺してこれを市津村農業委員会に提出したものであるから右許可申請は適法である。

よつて被告千葉県知事のなした本件許可処分には何等の違法はない。

二、仮りに右許可申請をするにつき、原告が輝海に前記委任をしたことがないとしても、本件許可処分は当然無効ではない。

すなわち、行政処分に重大かつ明白な瑕疵があつて当然無効とせられるのは、当該行政処分の処分要件の存在を肯定する処分庁の認定に重大かつ明白な誤認がある場合を指すものと解すべきところ、本件において前記輝海から提出された許可申請書はその形式において何等欠けるところがなかつたばかりでなく、当時右申請書の原告の氏名が輝海によつて冒書されたものであり、その印鑑も正当なものではないと疑うに足りる何等の事情もなかつたし、一方知事は右許可申請について、必ずしもすべてについて直接当事者にあたつて調査すべき法律上の義務はなく、特に疑問のないものまでも直接調査する必要はない。よつて前記許可申請書が原告主張の如く偽造のものであり、被告知事がこれを看過したとしても、本件許可処分には明白な瑕疵ある誤認がないから当然無効ではない。

よつて原告の本訴請求は失当であると述べた。

(証拠省略)

理由

まず被告の本案前の主張について判断するに、被告は本件許可処分は特定の権利を発生せしめる形成的行政処分ではなく、かつ別紙目録記載の農地を売買した当事者すなわち原告及び訴外輝海間において、既に別訴で右売買の効力が争われている以上、本訴を以て独立に本件許可処分の無効確認を求める訴の利益はないと主張するが、農地法第三条による知事の許可は、その対象たる私人間の農地の所有権移転・その他の処分行為を有効ならしめる行政処分であつて、右許可が直接国民の権利義務に影響を及ぼすことは勿論であるから、右許可が違法になされた場合、これによつて権利を侵害された者は行特法第二条により抗告訴訟を提起してその取消を求め得べく、又右許可に重大かつ明白な瑕疵があり、当然無効の場合には、右抗告訴訟に準じ行政庁を被告としてその無効確認を求め得るのであつて、このことは農地を売買した契約当事者間において、当該売買につき紛争が生じ、それを前提とする権利関係の存否につき別件の訴訟で争われている場合にも何等の差異はないと解すべきである。蓋し契約当事者間で訴訟上右許可の対象たる農地の売買の効力が争われ、これを前提とする権利関係の存否につき確定判決があつた場合にも、右許可処分の有効・無効はその理由中で判断されるに止まり、これについて何等の既判力も生じないのみならず、右無効の許可処分により権利を侵害された者は、当該許可処分の有効に存続することを主張するものがある限り、当該処分庁との間で、訴を以てその無効確認を求め、その表見的存在を除去して法律生活の安定を図る法律上の利益を有するからである。よつてこの点に関する被告の主張は失当である。

そこで次に原告の本案請求について判断するに、被告千葉県知事が別紙目録記載の農地につき、昭和三三年八月一四日、千葉県指令市農総第三六六一号を以て農地法第三条に基く農地売買による所有権移転の許可をしたことは当事者間に争いない。

原告は右許可は原告名義の偽造の許可申請書に基いてなされたものであるから当然無効であると主張するので、以下この点につき判断するに、原告が昭和二八年七月一五日原告の長男訴外金沢克己を代理人として同人を通じ、原告の亡夫の実弟である訴外金沢輝海に対し、原告所有にかかる別紙目録記載の農地を代金二五万円で売渡したこと、その後昭和三三年三月一五日右農地につき原告作成名義の所有権移転の許可申請書が市津村農地委員会を経由して被告千葉県知事に提出されたことは当事者間に争いなく、右事実に、成立に争いない甲第三号証、乙第一号証、乙第二号証の四、及び乙第二号証の一の存在(その成立については後記の通り)、並びに証人金沢輝海(但し後記信用しない部分は除く)、同金沢克己、同高山喜平治、同金沢照夫(但し後記信用しない部分は除く)の各証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると次の事実を認めることができる。すなわち、

(一)、原告の長男金沢克己はかねてから千葉県市原郡市津村で澱粉工場を経営していたが、昭和二七・八年頃新たに群馬県の方に澱粉工場を建てるため、その資金に窮し、訴外高山喜平治を通じ当時偶々鉄道を退職した叔父の金沢輝海に右資金の融資方を申込んだところ、輝海はこれに応じ金二五万円を克己に調達することになつたこと、(二)、そこで克己は輝海から右資金の調達を受けるため原告の代理人として原告所有にかかる別紙目録記載の農地を、右輝海に対し金二五万円で売却することとし、かつその際右克己が群馬県から帰つて農業をするようになつたときは、何時でも右売買代金二五万円を支払つて右農地を買戻すことができ、その間の利息は右農地の収益をもつて充てる旨の特約がなされたこと、(三)、そして昭和二八年七月一五日右当事者間で前記売買を証するため、買受人を形式上輝海の長男の照夫名義にした乙第一号証の売渡証を作成し、その頃右克己は原告の代理人として前後三回に輝海から前記二五万円を受けとつて右農地を輝海に引渡し、又輝海は爾後右農地を、その耕作者名義は変更することなく原告名義のままで耕作することとなり、その供出に関する手続きも原告名義でなされていたこと、(四)、その後右克己は昭和三一年頃群馬県から帰つて後、原告の代理人として再三右輝海方に赴き、同人に対し前記約定により右農地を買戻したい旨告げてその返還を求めたが、同人は右買戻の特約を否認し、或は時価額を支払えば返すなどと言を左右にしてこれに応じなかつたため、右当事者間に紛争が生じたこと、(五)、その間原告及びその代理人である克己は、輝海に対し、右農地に対する農地法第三条による知事の許可申請をするにつき、その代理権限を委任したことはないこと、(六)、しかるに輝海は克己から右買戻の特約に基き右農地の返還を求められるや、原告及び克己には全く無断で前記売買を原因とする農地の所有権移転につき、農地法第三条による知事の許可申請をしようと考え、昭和三三年三月中旬頃市津村農業委員会に出頭して右許可申請をしたい旨申出たところ、同委員会の係職員から申請者欄以外の大部分に所要の事項を記載した乙第二号証の一の申請書用紙の交付を受けたので、これに原告の承諾を得ることなく擅ままに原告の氏名を冒書し、その名下に自己の所有していた「金沢」の有合印を押捺した上、自己の署名捺印をして、同月一五日右許可申請書を市津村農業委員会を経由して被告千葉県知事宛に提出したこと、したがつて右乙第二号証の一の許可申請書中原告の作成名義部分は輝海が偽造したものであること、(七)、その後右申請書を受理した市津村農業委員会は許可相当の意見を付して同年四月八日これを被告千葉県知事に進達し、被告千葉県知事は右許可申請書に基き、同年八月一四日千葉県指令市農総第三六六一号を以て農地法第三条に基く本件許可処分をなしたこと、以上の事実を認めることができ、証人金沢輝海、同金沢照夫の各証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしたやすく信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうだとすれば本件許可処分は原告の作成名義部分につき偽造の許可申請書に基いてなされたものと云わなければならない。

ところで農地法第三条による農地所有権移転の許可は、同法施行規則第二条により、権利移転の当事者双方が連名で提出した書面による許可申請に基いてなされねばならないところ、本件許可処分は前記の如く原告の作成名義部分につき偽造の許可申請書に基いてなされたものであるから、右許可は結局当事者の一方である原告の申請なしになされた瑕疵があり、かつ右瑕疵はその性質上重大な瑕疵であると云わなければならない。

そこで更に右瑕疵が明白であるか否かについて考えるに、行政処分の無効理由の一つである明白な瑕疵とは、何人もその瑕疵の存在が格別の調査をするまでもなく一見して認識し得る場合ばかりでなく、行政庁が特定の行政処分をするに際し、その職務上当然に要求される調査義務を尽さず、しかも右調査義務の履行として簡単な調査をすることにより容易に判明する重要な処分要件の存否を誤認してなした場合にも、右に所謂明白な瑕疵があると解すべきである。ところで本件許可処分の如く行政手続上当事者の申請をまつて行政処分をなすべき場合には、行政庁は右処分をするに際し、当事者からの申請があるか否か、又本件の如く偽造の申請書が提出され、形式上右申請のあるが如き外観を呈している場合には、進んでその申請が当事者の真意に基き適法になされたものであるか否かを審査すべき義務があることは勿論であり、而かも右事実の存否は、通常の場合には当該申請人に直接当つて事情を調査するとか、又は文書で必要な照会をなし、更には印鑑証明書を提出させる等簡単な調査により容易に判明する事柄である。しかるに前記各証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告千葉県知事及びこれに意見を付して進達した訴外市津村農業委員会は、前述の如く訴外輝海が一方的に原告の作成名義部分を偽造して提出した許可申請書を漫然と受けつけ、それ以外に右申請書が原告の真意に基いて作成されたものであるか否かについては、直接原告を呼んで確かめるとか、その他印鑑証明書を提出させる等の方法による調査は何等していないこと、及び右許可申請書の提出された前後の事情からすれば、右許可申請書が原告の真意に基かずして作成された所謂偽造文書であることは、右の如き簡単な調査で容易に判明し得たことが認められるから、右調査を怠り漫然と右申請書を真正なものと誤認してなした本件許可処分の瑕疵は客観的に明白なものであると云わなければならない。

よつて本件許可処分には重大かつ明白な瑕疵があり当然無効であつて、これが無効確認を求める原告の請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 猪俣幸一 後藤勇 遠藤誠)

(別紙目録省略)

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